ヨーロッパに行く時のハブ空港はほぼシャルル・ド・ゴールです。ロンドンのヒースローはなんだかあまり好きではないのです。昔はよく使っていたけれど、最近ではめっきり使わなくなりました。昔はロンドンで乗り継ぐ際に、シガーを数本買って飛行機に飛び乗ったものです。店のおじちゃんが「どんくらい持ち歩くの?」といつも聞いてきて、ジップロックみたいな袋に入れる前に霧吹きで水分を少し足して綴じてくれる。あれはいい感じでしたけどねえ。
で、パリのお話です。少し前にスイスで毎年開催される高級時計の国際見本市が終わりました。ジュネーブサロン(SIHH)とバーゼルがメジャーなイベントです。ラグジュアリーメディアに関わる人たちは、広告クライアントとしても重要な高級時計ブランドの新製品を取材にこぞって出かける年中行事です。

さて、どうして時計の話をしてるかと言うと、パリのブランドストリート、フォーブル・サントノーレ(Rue du Faubourg Saint-Honore)に、ウブロ(HUBLOT)が初めて店をオープンした時のことを思い出したからなのです。いまやスイスの高級腕時計として誰もが認める“成功者の時計”ですね。
あれは2007年のことでした。ウブロのCEO、ジャン・クロード・ビバー(Jean Claude Biver)が僕らを店のオープニングに招いてくれました。歴史あるパラスホテル、ル・ム―リス(Le Meurice)でブリーフィングがあった後、ホテルから歩いてすぐのフォーブル・サントノーレ通りに面した、小さな店に連れて行ってくれました。
「パリの、フォーブル・サントノーレに店を出すのが夢だったんだよ」

ビバーさんはとってもうれしそうでした。ほんとに小さなお店でしたが、そこからウブロはさらに大きく世界に羽ばたいたのです。ビバーさんはとっても愉快な人でした。東京に来た時には、自家製の大きなチーズと自らその世界的なコレクターとして名を馳せる最高級貴腐ワイン「シャトー・ディケム」を片手に登場したこともありました。チーズはスイスに飼う牛たちから自らの手で造り出し、イケムは自宅のシャトーの地下に膨大なコレクションを所有しています。その日、招待客に供されたのは、確か1898年のイケムでしたっけね。下世話な話ですが、計算してみるとグラス一杯20万円弱(笑)。
「僕はワインの王様は赤ワインだと昔は豪語していたんだ。そしたら、スイスの凄腕ネゴシアンから『イケムを飲んだことはあるかい?』と聞かれた。僕は、ああ、飲んだことあるよ。でも、所詮は白じゃないかと。そしたら『それは何年モノだった?』と聞いてきた。『イケムは50年経ってないものは飲んじゃいけない』。そう言われて愕然としたんだよ」
それからビバーさんはイケムの収集家となったのです。ビバーさんの自宅のシャトーに行ったことがあります。地下のコレクションに導かれると、ワインセラーの中には膨大な数のイケムが眠り、LEDライトに照らされて瓶内の色彩が反映されていました。
「ここからこちらは僕も飲めるやつね。ここから向こうは僕の子供たちしか飲めない」
そう言って豪快に笑っていたのが印象的でした。

会うたびにビバーさんは「早くチーズ造りに専念したいんだよ」と呟いていました。自社の大事なイベントがあっても、いつの間にか消えている。どこへ行ったのかと思ったら、牛たちを飼っているスイスの村でお祭りがあるから、そちらに向かいました、とスタッフが申し訳なさそうに説明していたのが愉快だった。
しかし、ウブロはLVMHグループに入り、その時計部門のまとめ役となったビバーさんはさらに忙しくなっていきました。昨年、70歳を迎えたビバーさんはやっとその大役を辞して、アドバイザーに退きました。

ビバーさんとの会話で忘れられない言葉があります。“ビッグ・バン”シリーズが爆発的な人気を博していた頃でした。
「“ビッグ・バン”の次のシリーズ、どういうコンセプトにしようか考えてるとこなんだよ。教えてあげようか――”Invisible Visibility”。どう?」
不可視な可視?でも、なんとなくわかりますよね。例えれば、それぞれの“夢”みたいなものでしょうか。それは“オールブラック”のシリーズで見事に具現化されましたね。
人生の頂点を極めたつわものビバーさん、自らの手で造ったチーズをゆっくり味わう日々を愉しめることを祈っています。